マチジカンでは、岡山県英田郡西粟倉村が起こした地域の好循環=スパイラルアップに注目し、西粟倉村役場と移住者たちが引き起こすソーシャルイノベーションを3回にわたって特集します。
第1回では村役場で西粟倉村の変革を牽引した副村長の上山隆浩さんにインタビュー。人口約1300人の小さな村でありながら、林業、ローカルベンチャー、自然エネルギーと、森林を中心に様々な価値を生み出す好循環の全体像が見えてきました。
第1回の記事はこちら▼
岡山県北東部「西粟倉村」に学ぶ、約1300人の村で地域資源の好循環を回す“村経営”とは
第2回は、西粟倉村のビジョン「百年の森林構想」の中核事業を担う森林管理会社「株式会社百森」の田畑直さんと、新電力会社「西粟倉百年の森林でんき株式会社」の寺尾武蔵さんに話を伺い、地域資源である森林を活用して内需を潤す取り組みを深掘りします。
先人が残した財産を村ぐるみで守る森林管理会社とは
西粟倉村は2009年に「百年の森林構想」を掲げます。先人が50年育てた美しい森林を、次の50年に残すには適切な森林管理が必要です。しかし現在、斜陽産業となった林業を積極的に行うマンパワーは森林所有者に残っていません。
そこで地権者約1,300人/6,000筆に分かれている合計3,000ヘクタール以上の森林を、役場が総あたりで交渉し、役場主導で管理・再生を行っていこうという方針を打ち出します。
林業を村の基幹産業として復活させ、森林をデータベース化しながら効率的な林業を行っていく取組を進める中で、さらなる事業発展のために西粟倉村では民間の森林管理会社を設立することになりました。
そんな西粟倉村の森林管理会社「株式会社百森」(以下百森)で代表取締役(共同代表)を務めるのが、偶然の縁で東京から西粟倉村へ移住してきた田畑さんです。
田畑さん「東京のITベンチャーにいた頃、林業に興味のある友人から突然電話がかかってきたんです。『林業について勉強するために西粟倉村にいってみないか』と誘われまして。最初は付き添いのつもりでしたが話を聞くうちに面白そうだと思い、森林管理に挑戦しました」
その友人の中井照大郎さんと、村役場が出していた森林管理会社の設立プロジェクトに応募した田畑さんは2017年に「株式会社百森」を設立。
田畑さん「1970年頃、全国的な大規模造林が進み、西粟倉村でも家畜の採草地や薪炭林だった場所に約330万本のスギやヒノキが植えられました。
当時、木材は孫世代の財産になると考えられていましたが、材価の低迷や人口流出が進み、徐々に所有者個人で管理することが難しい部分も増えてきました。村の生き残りを目的としながら、山林の課題に立ち向かうのが『百年の森林構想』です」
西粟倉村では森林所有者・約700人から預かった森林に、村の所有する村有林を加えた2,500ヘクタールの森林を「百森」に委託しています。ここに「百森」社有林の100ヘクタールを併せて、2600ヘクタール以上の山林の一括管理を進めています。
「百森」は山林の調査や間伐事業等の設計、施業管理や検査、原木の販売管理、補助金の対応などを行い、伐採などの施業は森林組合など村内の林業事業体に委託しています。
森林所有者が個人で間伐を行う場合、原木の売り上げから伐採経費、販売経費を差し引くと赤字になってしまうリスクがありますが、西粟倉村では伐採費用を村が負担しています。森林所有者は費用をかけずに所有林の間伐を進めることができるだけでなく、木材の売り上げも入ってくる仕組みです(売り上げは森林所有者と村が折半します)。
田畑さん「このように個人の私有財産に公金を投入し、その価値をあげようとするのは全国的にみても非常に尖った政策ですよね。例えるなら古びたマンションなんかを自治体のお金を使ってリノベーションするようなものなので。
西粟倉村でそれができているのはこれが自治体としての生き残りを賭けた政策であり、その中で潤沢な地域資源が森林しかなかったから。森林整備単体では赤字でも、製材所や木工所など、雇用創出や税収増加など村全体で見るとプラスになる仕組みが構築されています」
百森の森林管理の中でも重要な仕事が、密植された立木を間引く『間伐』です。そのために、重機が山に入ったり、原木を搬出するための作業道の設計も行います。
田畑さん「ひとの手によって植えられた人工林は、間伐など適切な手入れをしなければ何十年かけて育ったにもかかわらず、腐れやひびが多い安価な木に育ってしまいます。そうならないよう、適切な間伐が重要です。計画を立てるにあたっては、レーザー測量で昔の道の位置などを把握しつつ、1現場あたり計10回ほどの現地調査を行います。
間伐においては、そもそも作業現場に移動するため、また伐採した木を山から降ろすため、作業道をつくる必要があります。山林の場所によっては100メートル進むだけで4・5人の所有者に細かくわかれており、1つの現場をまとめるには20人から30人の所有地をお預かりしなければなりません。森林所有者のところに何度も足を運び、山林をお預けいただく契約を取りまとめていくことも大切な仕事です」
そのほか、山林管理用のアプリを開発したり、これまで属人的だった業務をツールによって効率化したりと、西粟倉村の森林管理における効率化には田畑さんの前職であるITベンチャーの知見が活かされる場面もあるようです。
未来に使う木も、今も使う木も、村に価値が残るように
田畑さん「木の流通では一般的に木材は市場に出されますが、西粟倉村では村内の製材所や企業が購入しやすいよう村内の貯木場でのみ流通しており、村内優先で売買されます。もちろん西粟倉で伐った原木を高く販売することも大事ですが、製材や木工を含めて村にどれだけ価値を残せるかがポイントになってきます」
西粟倉村産材の主な用途は、品質上位2割が主に地元の製材所などが購入する建材、中間の5割が合板、下位3割が燃料など。合板は材料として村外の工場へ出荷されるため、西粟倉村内の雇用にはあまり繋がりません。しかし、原木の品質は大半が育つ過程で決まるため、品質を向上させようとするとこれから新たに植え直し、育てていくのに50年から100年はかかるのだそう。
今後の森林管理について田畑さんは“価値軸”の創出に可能性を感じているといいます。
田畑さん「林業は商品を生み出すまでの時間が長い産業で、50年や100年後の需給を予測するのは非常に難しいです。
森林を「スギ・ヒノキの畑」と捉える限り、林業の作業効率が今の5倍くらいにならないと現状の産業構造を変革するようなインパクトは生まれないと思いますし、まだそこまでの技術の芽はでていないかと。
もちろん素材生産は大事にしますが、いま可能性を感じているのは新たな“価値軸”の創出です。原木を生産し販売するだけではなく、森林全体に価値を見出していくこと。
たとえば、山林活用事業のひとつとしてチェーンソーを使って楽しく立木の伐倒をすることができる2泊3日の『LOGGINGツアー』を開催しています。『LOGGING』とは木を伐る(=伐倒する)という意味で、自分より長生きした立木を伐ることそれ自体のロマンを存分に感じてもらえるツアーになっています。」
木材を伐採する体験は、林業と縁遠い暮らしをしている参加者にとってはとても新鮮なもの。この体験ができること自体が、原木の生産とは異なる森林の価値になっています。
その他、森林の中で色探しをして同じ色のカクテルを飲んでみたり、サバイバルゲームをやってみたりと、森林全体が多角的な価値を生むフィールドとなり、「百森」は様々な仲間と「スギ・ヒノキの畑」にとどまらない楽しみ方を模索しています。
村からから生み出すエネルギーは地産地消で循環
西粟倉村では豊かな森林と水資源を活かした再生可能エネルギーの産出にも力を入れています。
2023年に設立された新電力会社「西粟倉百年の森林でんき株式会社」(以下、百森でんき)代表の寺尾武蔵さんも移住者のひとり。約20年、民間の電力会社で働いていたバックグランドを活かし、「百森でんき」の代表取締役に就任しました。
寺尾さん「実はダイビングが好きで沖縄に移住しようと思っていたのですが、移住マッチングサイトで西粟倉村を紹介され、副村長の熱く語るビジョンに共感して移住を決意しました。
いまは『人も地球も幸せに、未来へつなぐエネルギー』をモットーに、オンサイトPPA事業や再生可能エネルギー施設の運用管理、村内の視察や子どもたちに向けたエネルギー教育などを行っています」
伐採した木を最後まで使い切る木質バイオマス設備
間伐材のうち、家具などに加工できない低品質の原木、製材所の残材や木くずなど、これまでゴミになっていた歩留まり外の木質資源をエネルギーに変えるため、西粟倉村では木質チップボイラーや小型ガス化発電装置を導入しています。
寺尾さん「「百森でんき」が管理するチップボイラーでは、家具などへ加工できない低品質な原木を細かく砕いてチップ状にし、ボイラーで燃やしてお湯をつくります。
小型ガス化発電装置では、木質チップを特殊な燃焼方法によって可燃性ガスを生成し、それを燃料としてエンジン発電機を動かし、49キロワットを発電しています。
バイオマス設備の燃料はチップであるため、気体や液体の燃料と違い、搬送中に詰まって機械が止まるなど様々なトラブルが起こります。その度に、木くずや燃焼灰で全身汚れながらメンテナンスをすることもありますよ(笑)」
ボイラーで温めたお湯は地下の熱導管を通じて学校や保育所、庁舎、福祉施設など村内の公共施設へと供給され、暖房や給湯に使われます。発電された電気は電力会社に販売せず、福祉施設で消費されます。災害時の避難所にも指定されているため、大規模停電が発生した際にも非常用の電源として使うことができるのです。
暮らしの中にいつも当たり前にある自然のエネルギーから産業が生まれ、そこに働く人を呼び込み、作られたエネルギーは地域住民へ還元される。エネルギーと人とお金で地域経済が循環する、まさに理想的なエネルギーの地産地消です。
豊かな森と水、地の利を活かした小水力発電
西粟倉村は豊富な水資源に恵まれております。この村は南北に約1kmほどの高低差がある山間部であり、そこを流れる川の水を活かして村内で2つの小水力発電施設とひとつのマイクロ水力発電所を運営しています。
寺尾さん「3つの合計発電量は504キロワット(各290キロワット、199キロワット、5キロワット)。村を流れる吉野川や大海里川から取水した水は、1キロ以上の水路や鉄管を通って発電所に到着し、水車を回転させて発電機を動かします。
水力発電で一番のポイントは取水で、川から水をもらう時に落ち葉や枝が詰まると発電が止まってしまいます。以前は私や役場の方が頻繁に対応していましたが、今はシルバー人材センターの方々にサポートしてもらうことで、かなり効率的に運営できるようになりました。
水力発電はCO2を出さず、発電に使われた水は放流管から川に戻すクリーンなエネルギーです。水さえあればぐるぐる回って自動で発電してくれるので、標高差があって水を蓄える森林が多い西粟倉村にはうってつけの再生可能エネルギーだと感じています」
地球に優しい生き方を定着させるエネルギー教育
さらに「百森でんき」は、村内の小学生向けの授業や自転車発電機を使ったイベントなどを通して再生可能エネルギーに関する教育を行っています。
寺尾さん「電気は目に見えないし、味も匂いもしない。お客さんが電気を買うとき、唯一の差は値段だけなので「火力発電などでCO2を出しても安いほうがいい」と思うかもしれません。そんな中で脱炭素社会を実現するには、みんなの心の中に「自分の子供たちに綺麗な地球を残すため、できることから始めよう」という地球に優しい考えかたを定着させることが重要だと考えています。
自転車発電機を使ったイベントでは、UFOキャッチャーを動かすために自分で自転車を漕いでもらい、楽しみながら電気を生み出す大変さを経験してもらいます。
子どものうちから再生可能エネルギーに触れておけば、自然と環境のことに興味が沸いたり、大人になってからも地球に優しい生き方を選ぶ人に育ってくれるのではないかと思います」
先人たちが残した森林を守りながら新しい価値軸を模索する「百森」と、再生可能エネルギーの普及を通じて地球に優しい生きかたの定着を目指す「百森でんき」。
今ある資源をただ消費するだけでなく、多角的に森林を見つめ、まだ目が向けられていない余白から持続可能性を発掘することが、地域の好循環を起こす鍵を握っていました。
森林への公金投資が地域の好循環を回す後押しに
村ぐるみで森林の高付加価値化・多様化を目指す西粟倉村。個人が所有する森林の伐採費を村が負担するという大胆な政策が地域の好循環を後押しし、雇用創出や税収アップ、豊かな自然からエネルギーを生産する仕組みづくりなど、次々と新しい価値を生み出しています。
第3回では、2018年に生まれた西粟倉村の新しいキャッチコピー「生きるを楽しむ」のシンボルプロジェクト「西粟倉むらまるごと研究所」と「一般社団法人Nest」の取り組みを紹介します。
Text:岩井美穂(ココホレジャパン)
Edit:橋岡佳令(竹中工務店)
Photo:須藤公基 (SANSAI)