マチジカンでは、岡山県英田郡西粟倉村が起こした地域の好循環=スパイラルアップを4回にわたって特集します。
「百年の森林構想」を2008年に掲げて以降、多様な人が暮らすようになった西粟倉村は村民のウェルビーイングを深く考える段階へと進み、子どもたちが生き生きと輝くための教育が求められています。
西粟倉村特集最終回でお話を聞くのは、西粟倉村の次なるキャッチコピー「生きるを楽しむ」のシンボルプロジェクトとして設立された学習プロデュース団体「一般社団法人Nest」(以下Nest)の福岡要さん。高校がない西粟倉村ならではの未来につながる教育について伺いました。
子どもの好奇心の種を育む「Nest」とは
西粟倉村には、保育園から中学校までありますが、高校がありません。村の子どもたちは中学校を卒業すると進学のために村外へ。そんな子どもたちが旅立つ“15の春”までに、自分らしく生きる力を身につけてほしいという思いから、2020年に「Nest」が設立されました。西粟倉村の学校教育や社会教育など、幅広い教育の場をプロデュースしています。
福岡さん「村内で生まれ育った子どもたちって、保育園からずっといっしょに育っているので、もはや熟年夫婦みたいな関係なんですよね。村外の高校に進学すると、新しい友達の作り方がわからなかったり、運動や勉強で周りと比べてしまったりして自尊心を失ってしまう場合があります。
Nestでは、子どもたちが村を出ても輝けるよう“15の春”までに自分のやりたいことを見つける機会を提供し、『生きる力』を身につけてもらいます」

「Nest」が考える「生きる力」には、「こえる力」と「つながる力」の2つの要素があるのだとか。
福岡さん「1つめの『こえる力』は、裸一貫で自然に放り出されても生きていけるサバイバル能力です。たとえ社会で上手くいかないことがあっても、川で魚が穫れたら『俺、魚獲って食って生きていけるし』と、別ベクトルでも自信を持て、困難を乗り越えていく力につながると思うんです。
2つめの『つながる力』は、そうはいっても社会的な生き物なので他者と上手に折り合いをつけながら自分のやりたいことを実現していく力も身に着けられるように意図しています。
この2つの力を身につけてもらうためには、環境を豊かにし、子どもたちの『やってみたい!』の種を子どもたち自身で見つけ、自分の手で育ててもらうことが大切だと考えています」
西粟倉村の子どもたちは、「Nest」で自然いっぱいの地域に飛び出して、生き物を観察したり、畑でサツマイモや玉ねぎを育てたり、協力してマルシェイベントの企画をしたり。
学校で学んだ知識を「生きる力」に変えてもらうための学び場を用意し、「Nest」の活動を通じて得たことをまた学校の学びに活かす。そんなふうに「Nest」では、公教育と社会教育の垣根を超えた好奇心のサイクルをつくっています。
のめり込めるほどの「好き」に出合う学び場「Pocket」
2024年3月には、日本財団の「子ども第三の居場所事業」の助成を受け、Nestが運営する子どものための学び場「Pocket」(ポケット)がオープンしました。

あわくら会館の裏手にある創作館、農産加工所、機会保管庫の3棟をまるっとリノベーション。川や山を遊びつくすための道具が完備された「武器庫」や、ボルタリングができる壁、寝そべりながら観られる映画館などが完備。子どもたちがお小遣いを使えるBOOKS&CAFE「化猫堂」が隣接され、子どもたちの好奇心を掻き立てる場所へと生まれ変わりました。


「Pocket」にやってきた子どもたちの活動は「今日は何をする?」という相談から始まります。
福岡さん「子どもたちにはまず『今日は何をして何時に帰ります』といった活動の予定を立ててもらいます。
自分で考えて、手を動かすことから得られるのが学びだと思うんです。だからPocketでは大人がお膳立てをしたものに参加するのではなく、できる限り子どもたちがやりたいことを考えてもらいます」


森林や川、そこに生息する生き物など、西粟倉村に在る“ほんもの”を使ってさまざまな学びの機会を提供している「Nest」。その中には、子どもたちの自主性が光るプロジェクトもあったのだとか。
福岡さん「馬で登校したいという子どもがいたんです。馬の手配はさすがにこちらでしましたが、『学校には自分でお願いしてごらん』といいました。子どもが自ら校長先生にお話しに行き、『土曜日なら』と許可をいただいて無事に乗馬で登校。ランドセルには人参が入っていましたね(笑)」
そのほか、料理人を目指す子どもが料理を振る舞う食堂を開いたり、貝殻が好きな子どもが岡山大学農学部環境生態学コースの福田宏准教授と一緒に貝殻拾いをしたり、子どもの小さな「やってみたい」体験を重ねるうちに好きなことにのめり込む子どももいるようです。

「Nest」では、地域で暮らしながらプロジェクト学習を実践する「さとのば大学」などの受け入れも行っています。
大学生が子どもたちに伴走して学びの場をつくるなど、20歳前後の世代が少ない西粟倉村において、お兄さん・お姉さん的存在は貴重なんだとか。

福岡さん「自分で「やってみたい!」を実現した村の子どもたちの中には、村を離れてからも『西粟倉村に帰ってきて何かをしたい』と言ってくれる子がいるんです。
「学校や地域で村の魅力を知った」と語るUターンの若者が最近増えてきているという先行事例があるので、現在のようなふるさと教育を10年くらい続けていけば西粟倉村に誇りを持ち、どんな形であれ関わりたいと思ってくれる子どもも増えているのではと期待しています」
「答え合わせは10年後」と笑う福岡さん。まずは村にいる子どもたちが生き生きと輝けるように。村内の学習環境を充実させることが結果的に関係人口や移住者を増やすことにつながるといいます。

福岡さん「生きることは学ぶことだと思うんですよね。だから学ぶことを楽しんでいれば、自然と『生きるを楽しむ』ことになるのかなって。
最終的には、西粟倉村自体が“学習する村”にしていきたいです。西粟倉村の人って学ぶのが好きだよね、学習することを楽しんでるよねといってもらえる村を目指しています」
西粟倉村で育った子どもたちがやがて大人になり、西粟倉村のためにアクションを起こす。それを見た下の世代の子どもたちがまた知識やノウハウを学ぶ。そんなふうに世代を超えてシビックプライドを醸成する「Nest」の教育は、未来の村づくりにもつながっているのです。

以上、4回にわたって西粟倉村のスパイラルアップ物語を紹介しました。
合併を拒み、村内外の力を総動員して取り組んだ森林づくりは、ローカルベンチャーの創出、自然エネルギーの活用、森林全体の価値向上、そして生きるを楽しむ村づくりへ。ひとつひとつの挑戦がネクストステップにつながる価値を生み、自然と人が持続可能に共存できる仕組みをつくってきました。
森林も人も生き生きと輝く西粟倉村の姿は、私たちが目指す未来そのものなのかもしれません。人口1,300人の小さな村をフィールドに、地域の好循環を回すための挑戦はこれからも続いていきます。
Text:岩井美穂(ココホレジャパン)
Edit:橋岡佳令(竹中工務店)
Photo:須藤公基 (SANSAI)
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