2021年8月にオープンした『BYAKU Narai』は、重要伝統的建造物群保存地区に認定されている中山道の宿場町「奈良井宿」で約200年前の伝統建築物を改修し、レストラン、バー、温浴施設、地域文化発信のためのギャラリーです。また、同敷地内にはレストランに隣接した再生酒蔵『suginomori brewery』もあり、これらを含め奈良井宿の魅力を詰め込んだ小規模複合施設となっています。

約400年前より賑わった町並みがほぼ完全に保存されている貴重なまちを「やど」に見立て、複数の古⺠家を利活⽤して奈良井宿ならではの価値が体感できる、<現代の宿場>のまちづくりには様々なステークホルダーによる協業が不可欠でした。

地域に新たな「まちづくりの会社」をつくる

まずは、竹中工務店が長野県塩尻市と2020年1月、持続可能な社会づくりや地域課題の解決に寄与・貢献することを目的とした「連携協定」を締結します。

連携事項のひとつに「歴史的建物資源や文化資源の活用等に関すること」を掲げており、今回の古民家改修プロジェクトは、その実現に向けた取り組みの一環です。

しかし、古民家を改修するだけでは持続可能なまちづくりになりません。改修してそのままではなく、現代においても多くのひとに訪れてもらえるまちづくりとはなにかを考えます。

奈良井宿の町並み。

竹中工務店は森林資源と地域経済の持続可能な好循環を「森林グランドサイクル®」と名付け、その構築に向けてさまざまなステークホルダーとの連携を図るとともに、木造・木質建築を積極的に推進しています 。

一方の塩尻市は、林業の衰退に伴う過疎化が進み、空き家が増えるという問題を抱えていました。

そこで、塩尻市と竹中工務店が連携し、「山や森の資源を建築に活用できないか」、「エネルギーに活用できないか」、そして、「林業や木材加工を生業としてきた木曽谷のまちの地域活性を図れないか」など勉強会を重ね、2020年の地域連携協定に繋がりました。

それを受けて、最初の具体的な事業をスタートさせるため、塩尻市森林公社と竹中工務店で「株式会社ソルトターミナル」を立ち上げ、公民連携によるまちづくりを推進していくことに。

地域資源である「木」を通じたまちづくりプロジェクトが、塩尻市内の観光地「奈良井宿」を舞台に行われることになったのです。

各方面のプロフェッショナルとつながり、最良の機能をまちにインストールする

2012年から休業となっていた「杉の森酒造」の母屋や蔵などの建物と、徒歩3分ほどの場所にある旧民宿「豊飯豊衣(ほいほい)」という約200年の歴史を持つ建物の空き家群を活用し、宿場町に賑わいを生む場所がまちに点在する「まちやど」の機能を宿場町にインストールします。

「杉の森酒造」を再生した歴史ある古民家「BYAKU Narai」。この施設には、全12室のこだわりの宿泊施設や、世界的に有名なシェフが監修する地元の食材を使った料理を提供するローカルガストロノミーレストラン「嵓(くら)」、かつて地元のシンボルだった酒造を蘇らせた「suginomori brewery」、地元のお酒を中心に楽しめるバー「Tasting Bar suginomori」などがある。
「suginomori brewery」の仕込み水にも使われる信濃川源流の山水に浸る温浴施設「山泉(さんせん)」。内装に木曽五木(ひのき、さわら、こうやまき、ねずこ、あすなろ)が使われているほか、木曽のウッドチップによるバイオマスボイラーで湯を沸かす自然エネルギーを活用。森林グランドサイクルの好循環が生まれた。

「地域に眠る百の体験をお客様に届け、百年前の建築を未来に遺す宿」という想いを込め、『BYAKU Narai』と名付けます。

旧民宿「豊飯豊衣」の改修設計には「株式会社ツバメアーキテクツ一級建築士事務所」が、宿のブランディングには「NOSIGNER株式会社」が、残置物などの廃棄物を再生させたアートワークやサインディレクションには「Palab(パラボ)」が参画するなど、各分野のプロフェッショナルが集結しました。

木曽11宿の中で最も標高が高く、難所といわれる鳥居峠の手前で旅人を癒やしてきた奈良井宿。かつて木造が主流だった時代の伝統建築がまちのあちこちに息づくまちです。

新たな活用方法は、伝統建築を永く無理なく使用していけることや、その素晴らしさを後世まで残していくことに重きを置かれています。

そのために、プロジェクトに携わる人々が一番大切に思っていることが、地元の方々との「対話」です。さまざまな場面で地域との結びつきや奈良井宿の持つストーリー性を感じられるような工夫を施し、地域の文脈を汲むことが、奈良井宿のまちづくりの根幹になっています。