岡山県の北東端に位置する英田郡西粟倉村。村の90パーセント以上が森林を占める人口約1,300人の小さな村です。

森林しかない苦境の村でありながら、2004年には近隣市町村と合併をしない選択し、2008年には森林を軸とした村づくり「百年の森林(もり)構想」を宣言。林業、ローカルベンチャー、再生可能エネルギー、脱炭素先行地域など、変化を重ねながらスパイラルアップを起こしてきました。

その結果、村内には雇用が増え、起業家や地域おこし協力隊など多様な人材が集まるように。人口の割合にも変化が起こり、「人口戦略会議」2014年の調査では“消滅可能性自治体”に分類されていた西粟倉村が、2024年の調査では“消滅可能性自治体” から脱したことも話題を呼びました。

決してヒトもモノもコトも溢れているとはいえない小さな村がどのように少ない地域資源を活用し、好循環を生み出してきたのでしょうか。

社会変革を起こすまちづくりのヒントを探すため、マチジカンでは3回にわたって西粟倉村を特集します。

第一弾は、村役場で西粟倉村の変革を牽引した副村長の上山隆浩さんに話を伺いました。

(プロフィール)
上山隆浩さん
1960年生まれ。京都産業大学経済学部卒。2009年より西粟倉村産業観光課長として「百年の森林構想」をはじめとする地域活性化や、ローカルベンチャーの発掘と育成に注力。2017年に地方創生推進班を設立し、地方創生特任参事を経て、2024年4月より副村長に就任。

合併を拒んだ小さな村の大きな挑戦「百年の森林構想」

昭和30年代、西粟倉村では国策による拡大造林が行われ、スギやヒノキなどの人工林が増加。伐採期を迎えた50年後の現代、50年生にまで育った森林を地域資源として活用し、またこれから先の50年も村ぐるみで森林を守るため、2008年に「百年の森林構想」が宣言されました。

「百年の森林構想」がはじまったきっかけは、2004年に美作市との合併協議会を離脱し、村が生き残るための道を選んだことだったといいます。

上山さん「『百年の森林構想』は財政力の弱い西粟倉村が合併をせずに生き残っていくための大きな挑戦でした。

赤字を抱えている観光施設をどう回復させるか議論していく中で、村にPRできるものが何もないことが一番の課題だと気づいたんです。そこで、未活用の森林資源に着目した『百年の森林構想』がスタートしました」

西粟倉「百年の森林構想」理念図。

西粟倉村は総務省の「地域再生マネージャー事業」を活用して村に招いた民間コンサルタント「アミタ持続可能研究所」と議論を重ね、「百年の森林構想」を打ち立てました。

上山さん「『百年の森林構想』で取り組んでいることは主にふたつ。ひとつめは、個人が所有する森林を村がお預かりし、一括で管理すること。ふたつめは間伐材を村内で家具や製材に加工し、価値のある商品として販売することです。

西粟倉村の製品だからこそ買いたい、使いたいと思ってもらえるよう、村内で生産・加工されたストーリーをプラスし、ニッチな市場に訴求していきました」

林業は伐れば伐るほど赤字の産業。この課題を乗り越えるため、独自のビジネスモデルを構築しています。

上山さん「村が森林を一括管理をする場合、ただ伐採して木を市場で売るだけでは100ヘクタールの搬出間伐で6,000万円ほど赤字になってしまいます。

一方、村内で伐採・製材した木材を村の施設などに使うと12億円ほどの売り上げに。さらに村内に雇用も生まれ、Iターン者が約230人増えて交付税が1億4,000万円ほど受け取れるんですよ。

村のなかに内需と雇用をつくることで自治体の事業の中でも非常に採算性が高い事業となっています」

内需と雇用の創出を担っているのが村内の製材所です。2009年には木工プロダクトや建築材を加工する「株式会社 西粟倉・森の学校」が設立され、これまで丸太で出荷されていた木材が「西粟倉産の木」という価値をもって市場に出回るようになりました。

西粟倉村の人工林。ただ木を伐って売るだけでは赤字になるが、村内の木の内需を満たすことで採算が合う仕組み。

意思決定のスピードがビジョン実現の鍵

地方創生が思うように進まない地域もある中で、なぜ西粟倉村は「百年の森林構想」を実現することができたのでしょうか。

上山さん「理由のひとつは、小さな村だからこそ意思決定のスピードがはやく、組織としての機動力が高かったことです。

西粟倉村にはベンチャー企業が多いので1週間も待たされたら成長が止まってしまいます。イエスでもノーでも、ベンチャーが企業が次に進めるよう、当時は私、副村長、村長と1時間で結論を出していました。現場も『百年の森林構想』をなんとか形にしようと必死でしたからね(笑)

もうひとつの理由は、ここは森林しかないので『百年の森林構想』にフルコミットできたことです。もし西粟倉村が近隣行政と合併をして山も海も農地もある自治体になっていたら『百年の森林構想』は実現しづらかったでしょう」

西粟倉村役場の一般行政職員は40人ほど。仮に合併をして大きな行政の一部として属していたら、西粟倉村の担当者が減ってしまい、村とベンチャー企業が阿吽の呼吸で成長することは難しかったかもしれません。

村民や地域おこし協力隊ともフレンドリーに接する上山さん。今年の4月に副村長に就任し、職員歴は42年。

ビジョンが共感を呼び、多様な人材が集まる村に

「森しかない」「小さな村」といった弱みを強みに変えて実現した「百年の森林構想」は日本中の地域に大きなインパクトを与え、思いに共感したベンチャー企業が村内に集まってきました。

さらに外からプレーヤーを呼び込むため、西粟倉村は2015年から起業家を育成する「ローカルベンチャースクール」を主催。

上山さん「ローカルベンチャースクールは、地域おこし協力隊制度を活用し、村内での起業を最大3年間支援するプログラムです。

西粟倉村のような田舎に移住し、じぶんの幸せも叶えながら地域で生きる選択をする若いひとも増えています。そういったひとたちの選択肢として、国の制度をしっかりと運用し、プレイヤーが挑戦できる場をこの村に用意することが私たちの役割だと思っています」

こうした取り組みの結果、村内に誕生した企業は60社以上にものぼり、自己実現できる村として、Eターン者(起業型移住者)が増えていきました。

西粟倉村にUターンしたパティシエがローカルベンチャーとして開業した「にしあわくら小林菓子店」。いまでは村外からもスイーツ好きが足を運ぶ人気店に。

上山さん「西粟倉村では、移住者にできるだけ長く住んでもらう『定住』を求めるのではなく、再び村に訪れたいと思うような『関係人口』を大切にしています。

地域ならではのキャリアを積み、村が豊かになる仕組みを残していく。そんなお互いプラスの関係を築くことに価値基準を置いています」

2023年の西粟倉村地域おこし協力隊は56人と全国でもトップクラス。協力隊の中には「やりたいことに挑戦させてもらえる場所がたまたま西粟倉村だった」というひとも少なくないのだそう。

地域資源があり、制度があり、挑戦できる環境があることが、地域でキャリアを積みたい移住者を惹きつけています。

「百年の森林構想」のネクストステージは森林そのものを価値化すること

これまで伐採した木材を中心に付加価値をつけてきた「百年の森林構想」でしたが、これからは森林そのものを価値化することが必要になってくると上山さんは話します。

上山さん「林業に向いていない森林を環境林化したり、キャッシュフローが短い森林農業を導入したり、製材することが難しい木材を再生可能エネルギーとして活用したりと、ここ数年は未活用の森林に価値を見出す方向に舵を切っています。

林業以外の森林を活用した事例では、菌根をつくって植物と共生する菌根菌の研究を行っています。菌根菌を農業に利用し、将来的には低農薬低肥料のブランド米や野菜などができないかと模索中です」

西粟倉村の最北端にある「若杉原生林」も価値向上を目指す場所のひとつ。ブナ、カエデ、ミズナラ、トチノキなどの巨木が生息し、人工林の多い西粟倉村では貴重な生物多様性の宝庫です。

森林全体の価値を向上させることでステークホルダーとのつながりにも期待できるといいます。

上山さん「たとえば、西粟倉村に投資をしてくれた企業に対して生物多様性を改善して恩返しをするなど、裾野を広げることで幅広い企業と協業できるチャンスが生まれます。

また、西粟倉村は炭素を固定する森林や再生可能エネルギーの活用によって脱炭素な村づくりを行っています。2020年には「Jクレジット制度」を活用し、3,505トンCO2のクレジットを発行。クレジットの購入を通じて森林から遠い企業にもカーボンニュートラルの実現に参加してもらえる仕組みです。

2022年には脱炭素先行地域として国に採択され、森林資源を活用したバイオマスエネルギー施設や水力発電施設の運用に取り組んでいます。そこで生産された再生可能エネルギーは、ふるさと納税返礼品として県外にも供給されています。

このように新しいステークホルダーとのつながりは、地域が補助金以外の資金を調達するツールにもなるので今後も力を入れていきたいところです」

2021年6月より吉野川の水を活用して稼働している西粟倉第2発電所「みおり」。

赤ちゃんから高齢者までが「生きるを楽しむ」村に

「百年の森林構想」では森林を守るとともに、美しい森林に囲まれながら生きる「上質な田舎づくり」を目指してきた西粟倉村。さらに森林もひともいきいきとしたウェルビーイングな村へ成長するため、2018年には新しいキャッチコピー「生きるを楽しむ」が掲げられました。

上山さん「ここ15年で村には、保育、健康、教育、観光など、さまざまな分野の事業を行うひとが増え、村が掲げるビジョンが「百年の森林構想」だけではカバーできなくなってきました。そこで、2017年に特殊部隊・地域創生推進班を編成し、赤ちゃんからお年寄りまでが共感できるキャッチコピー『生きるを楽しむ』を考えたんです」

上山さん「『百年の森林構想』では、理念を掲げる際は紐付くシンボルプロジェクトがなければ共感や共有は生まれないことを学びました。

そのため、テクノロジーで過疎化する地域の課題解決に取り組む『西粟倉むらまるごと研究所』や、高校がない村内で子どもが15歳の春までにアイデンティティを高め、地域資源とともに生きる力を学ぶ場をプロデュースする『一般社団法人Nest』などの新たなシンボルプロジェクトがスタートしました」

Nest代表の福岡要さんと大工を行う地域の子どもたち。

さまざまな企業を輩出した「ローカルベンチャースクール」も次なるステップへ。

上山さん「2021年からは、地域の課題やニーズを村民で議論し、実現可能なものからスタートアップを目指す『TAKIBIプログラム』がはじまりました。

ローカルベンチャースクールとの違いは売り上げ規模。これまで誕生した企業の売り上げはほとんど5,000万円未満でしたが、事業の自走性と多様な雇用を創出するため『TAKIBIプログラム』では1億円以上の売り上げを目指しています。

廃業した国民宿舎の再整備事業や、再生可能エネルギーを生産する新電力会社『西粟倉百年の森林でんき株式会社』の設立など、『TAKIBIプログラム』から生まれた大規模なビジネスが走り出しています」

岡山県西粟倉村と民間企業などが共同出資し、『TAKIBIプログラム』から生まれた「西粟倉百年の森林でんき株式会社」代表の寺尾武蔵さん(左)

地域にしっかり価値が落ちる仕組みを目指して

最後は上山さんに西粟倉村のこれからについて教えてもらいました。

上山さん「15年以上の取り組みの中で、ローカルベンチャーを含めた個々の魅力が育ってきました。必要なピースは出揃ったので、これからはお互いを活用しあい、みんなで地域資源の価値をさらに高める段階にきたと感じています。

また、資本力や技術力のある企業と価値向上を目指すとき、フリーライドさせない仕組みが重要になってきます。企業が地域にしっかりと価値を落とし、その価値を循環させながら大きな変化を起こしていきたいです」

複合的な要素が合わさってスパイラルアップを遂げた西粟倉村の物語には、段階ごとに必要な制度を整え、挑戦しやすい地域の基盤をつくる村の努力がありました。

2008年に大きく描かれたビジョンが共感をよび、多様な人材を集め、移住者の挑戦からプロジェクトが生まれる。そのひとつひとつの価値を村が認め、循環させることが村を豊かにしているのだと思います。

第2回では「森林」、第3回では「ひと」に焦点を当てて西粟倉村を深掘りします。お楽しみに!

Text:岩井美穂(ココホレジャパン)
Edit:橋岡佳令(竹中工務店)
Photo:須藤公基 (SANSAI)