北海道南部にある人口約4,200人の勇払郡厚真町。札幌市から車で約1時間30分、千歳空港や苫小牧港からも近く、陸・海・空すべての交通アクセスに恵まれていることから、近年では移住先としても注目されています。
ハスカップなどの農産物をはじめ、肥沃な土地を活かした水稲や大豆・小麦などの畑作や畜産、北東部の広大な森林地帯を中心に実施される林業に加え、町の南部に広がる太平洋では漁業もおこなわれる豊かな地域です。

特に総面積の約7割を占める森林は、まちの未来を支える産業となる可能性を秘めています。胆振東部地震で森林資源も大きな被害も受けましたが、林業にとどまらない森林の価値を引き出すまちづくりに10年近く取り組んだ結果、厚真町には森林ローカルベンチャーが10社誕生し、多様なプレイヤーが林業に携わるようになりました。
「厚真町の森林をより良くしたい」という各々の思いが、厚真町の林業に少しずつ変化をもたらしています。
今回は、林業や木材を中心に厚真町のまちづくりに取り組んできた厚真町役場の宮久史さんと、2023年秋に厚真町で製材所を立ち上げた「木の種社」の中川貴之さんに話を伺い、厚真町の森林や林業について教えてもらいました。

「森林の都合」を考えた、小回りのきく製材所を厚真町に
厚真町役場の林業・森林再生推進グループで林業を軸としたまちづくりを牽引してきた宮さんに話を聞くと、厚真町では年間約100ヘクタールほどの森林が皆伐されますが、そのほとんどが付加価値のつかない丸太のまま町外へ出てしまうことが課題だったといいます。
宮さん「一次産業に携わる人にとって六次産業化は誰もが目指す目標のひとつだと思います。しかし、野菜や魚と比べて木材は、丸太を板に引いたり、乾燥させたりと一般消費者が加工できる状態にするまでにかなり手間がかかる資源です。
地域の木材を活用し、厚真町の林業を六次産業化、あるいは地域に暮らす人々が森の恵みを生活の中で活用するためには、木材を加工する人たちが丸太を手に取れる形に変える製材所がまずは必要だと感じていました」

宮さんが思い描いていたのは、量で勝負しない「小回りのきく製材所」でした。
宮さん「大切にしていたのは、大規模な工場が手に余る木材をいかに利用できるか。ひとつひとつの木材と小さなニーズにも対応できる、小回りのきく製材所こそ厚真町に必要な機能だと考えていました。
また、地域の森林資源を活用するには多様な木材を価値化することが重要だと思います。
厚真町の森林には人工林だけでなくシナノキやミズナラなど多様な広葉樹が生育しています。しかし、特定の木材だけを集めようとすると、他の木材は安価で取引されたり、燃料チップとして使われたりします。
このように森林と人とのつながりかたが合致しないと過剰な負荷を森林に与えてしまいますし、森林本来もっている価値を取り出すことなく、ただ伐採面積が増えていく事になりかねません。
そうならないためにも、森林の都合を考え、多様な木材に価値をつけていく必要があるんです。そんな森林と適切につながるきっかけとなる製材所が厚真町にあればいいなと思っていました」
ニッチで多様な森林と生きていきたいと話す宮さんが製材所をつくる際に大切にしていたのは、思いを共有できる人を「待つこと」。
宮さん「いくらこちらが製材所を作りたいと思っても、本気になってくれる人が来なければ事業は成立しません。興味を持つ人にアプローチをしたり、私たちが意思表示をしたりしながら、思いが一致する人を待っていました」
そんな厚真町のビジョンとぴったり重なったのが、「木の種社」の中川さんでした。
道産材は付加価値がつきにくい、だからこそ意味がある
中川さんは2019年に厚真町の起業型地域おこし協力隊に着任後、「木の種社」を設立し、2023年秋には道産材の丸太を板に加工する製材所を立ち上げました。


そんな中川さんが大量生産に頼らない製材を行いたいと思った背景には、北海道ならではの林業の課題がありました。
中川さん「北海道の木材は、梱包材やパレット材、コンクリート型枠など使い捨て用途がほとんど。安価で早く大量に生産することが重視され、林業体系も大量生産・大量消費に連動してしまっています。
しかし、札幌都市圏には人口250万人のひとが暮らしていて、地域の木を住宅や家具に使いたいという需要は十分にあるはずです。これまでは木材に付加価値をつけるという考え自体がなかったからこそチャンスだし、面白い。新しいことをやれると思います」

さっそく中川さんに、2023年秋完成した製材所を案内してもらいました。
中川さん「使っているのは一番シンプルな製材機で、うちでは広葉樹も針葉樹も製材します。広葉樹からフローリングや壁板、テーブルなどもつくっていて、一番細いフローリングの幅が75ミリ幅なので20センチぐらいの細い丸太も使うことができるんです」

製材所の設立によって厚真町には林業に携わる人がやってくるように。これまで丸太として出荷することしかできなかった木材を、「厚真町の木材」として木工作家や工務店に売り込めるようになったことも嬉しい変化だといいます。

竹中工務店北海道支店の藤田純也さんも「木の種社」の製材所の誕生がきっかけで厚真町の木材を使うようになったひとりです。厚真町の森林プレイヤーの多様さに魅了され、プレーヤーと一緒に地域材で住宅を厚真町に建てるmade by localな活動をスタートしました。
自ら森林に足を運び、選んだ原木を厚真の林業家が伐採。本田農場の沼で水中乾燥したものを中川さんの製材所で製材してもらい、運搬・製材・乾燥・加工まで、個人でつながったストーリーのある小さなサプライチェーンの中でストーリーのある木使いを実践しています。


また、北海道札幌市で創業70年以上の銘木店を営む「河野銘木店」は、これまで依頼していた札幌市内の製材所が閉業してしまい、「木の種社」の製材所へ製材を依頼するようになりました。


川中業者の廃業が川上や川下など幅広いステークホルダーに大きな影響を与えかねない中で地域に製材所があり続けることは地域の林業全体のサプライチェーンを支えています。
プレイヤーが多層的なつながり、思いの重なった木材があふれるまちへ
人と人がつながり、人と森林がなめらかにつながる社会へと歩みを進めている厚真町。宮さんに今後の展望について教えてもらいました。
宮さん「厚真町には、森林を伐採する有限会社丹羽林業や、馬で木を運ぶ西野馬搬など多様なプレイヤーがいます。そういった山に近いプレイヤーからまちの人の生活までが多層的につながり、それぞれの思いが重なった木材が生活の中にある社会ができたらいいなと思います。
森林と人がつながりを深めるためには、より森林を知るところから始める必要があるとおもっています。知らないものは愛せないですよね。伐採する人・製材する人・加工する人の思いを知るために、森林の中を歩き、木が育つ環境を知る。森林を知ることで使うのが面白くなる楽しみを、森林から生み出せないかと考えています。
現在はまちの総合計画を考えている最中なので、厚真町の林業に関わるみんなで10年後の林業が楽しみになるゴールを一緒に考えていきたいですね」


人と人がつながり、森林と人がつながる社会へ。多様な森林資源を丁寧に活かし、森林の都合を考える厚真町の林業はまさに道半ばです。小さな、けれど物語のある厚真町の林業サプライチェーンは10年後、どんなまちの風景をつくっているのでしょう。
マチジカンではまた、森林から楽しみを生み出す厚真町のまちづくりをお届けします。
Text:ココホレジャパン