高度成長期を支えた商店街や歓楽街の衰退が全国で課題になっていますが、静岡市の人宿町では、過去の文脈を生かしながら連鎖的な建替え・リノベーションを積み重ねることで、新たなまちを紡ぎだす動きが起こっています。
そんな人宿町を再生するプロジェクト「人宿町人情通りOMACHI創造計画」について、仕掛け人であり建築会社「創造舎」の代表を務める山梨さんに話をお聞きしました。

個性的な店主が集まる界隈を形成する 『人宿町人情通りOMACHI創造計画』
静岡市の中心街は、市民から親しみを込めて「おまち」と呼ばれています。
旧東海道に面し、かつては「おまち」の中核であった人宿町を舞台に、古くから続くお店のリノベーションや、新しいビルへのテナント誘致を通じて、「古くて新しいおまち(=OMACHI)」へ再生するプロジェクト、それが「創造舎」による『人宿町人情通りOMACHI創造計画』です。
ビジョンは「日本で一番人情が深い街」。人宿町には、チェーン店にはない個性と魅力を持ったお店が次々と集まり、話題を呼んでいます。「創造舎」が人宿町にオフィスを構えたのが2011年、「人宿町人情通りOMACHI創造計画」を打ち出したのが2018年。すでに再生した物件は28物件・100店舗を超え、まちを急速に活性化させています。

安価で使いやすいストックから生まれる創造性、人宿町の持つポテンシャル
人宿町は、その名の通り旧東海道に面する宿場町として栄え、大正時代以降は隣接する七間町通りと共に静岡で一番の映画館街として活況を呈していました。
しかしながら、時代の移り変わりと共に映画館の撤退が続き、「創造舎」が人宿町にオフィスを構えたころには、商店街も解散していたようです。
かつての賑わいが失われた人宿町。それにも関わらず、急速にお店が集まっているのにはどういった理由があるのでしょう。


山梨さん「人宿町人情通りの物件は、いわゆる家賃断層帯といわれるような、中心部から幹線道路を挟んだ立地だからこそ低廉な家賃設定ができます。
小ロットの区画の物件も多いので個人でもオーナ兼店主として出店できますし、個性的な店主が営むお店にはファンがつきやすい。だから歩行者通行量に依存しない面白いお店が自然と集まってくるんです」
繁華街中心部との適度な距離感と、元商店街で店舗利用しやすい小割な土地・建物ストックが、個性と魅力を持つ店舗の誘致に繋がっているようです。
また、山梨さんは「『OMACHI創造計画』の主役は店主。」ともいいます。魅力的な店主が出店できる環境を保つために、店主自らが土地建物に権利を持ってコーディネートされているとのことです。
地域と共に面的な仕掛けでシナジーを生み出す、「創造舎」のまちづくり
「創造舎」は、住宅などの設計・施工を手掛ける建築会社として2007年に設立されました。まちづくりに関ったきっかけは、2011年に人宿町にオフィスを移転したとき。
移転と同時期に隣の七間町で映画館の閉鎖が決定され、跡地利用について地元店主を中心とした市民会議が立ち上がりました。跡地を静岡市が水道局庁舎の移転先として取得する方針となり、市民会議と購入予定者の静岡市水道局との会議が「創造舎」のオフィスで行われました。
店主たちの「水道局庁舎だけでは土日の賑わいを失ってしまう」との声を受け、静岡市水道局は、最終的に調理専門学校やクリエイターの集まる場、クリニックなどの複合施設を整備することを決めました。
この市民会議に関わる中で、山梨さんは地元の方々の想いに触れると共に、行政の中にもまちを変えたいという思いを持つ人がいること、民間の声が届くことを実感したといいます。
この出来事を契機に、山梨さんは人宿町周辺の空き空間・遊休不動産の再生を手掛け、まちの人たちが喜ぶ姿を目にし、まちづくりに対する思いが確かなものになっていきました。

2018年には『OMACHI創造計画 第1弾』として、2つのビルで10テナントの同時オープンを打ち出しました。
単体開発ではなく、エリアとしての再生を発信することで話題性を呼ぶ狙いもあり、オープニングイベントには、総勢300名ほどの関係者が訪れ、各種メディアも取材に押し寄せる盛大なものになりました。
その後、『OMACHI創造計画』は、2024年現在で第4弾まで続き、複数の物件・テナント誘致による面的な再生を継続して取り組んでいます。


「創造舎」の取り組みは建物の開発だけに留まりません。自らがスポンサーとなり、2018年より「人宿町人情祭り」として長らく開催していなかった地元のお祭りを再生。2020年より「人宿町人情通りマガジン」としてフリーペーパーによるエリアプロモーションを手掛けています。
また、2024年には、行政とも連携し、人宿町人情通りでの人中心の道路空間創出に向けた社会実験を進めています。ソフト・ハード両面での多角的な仕掛けにより、面的なシナジーを生み出すことを大切にしながら「古くて新しいおまち」の風景をつくってきました。

令和版の棟梁「創造舎」と「人宿町」の出会いから生まれたまちづくり
最近では、地元の方は空き物件の再生は勿論、「人宿町のまちのことなら「創造舎」に相談しよう」という人もいるのだとか。
山梨さん「ぼくたちは令和版の棟梁みたいな存在です。昔はまちに棟梁が居て、まちに住む人は何でも相談ができた。そんな人と人のつながりが大事だと考えています。
人宿町に住んで活動しているからこそ、店主たちと良い関係が築けている。自分も住んでいるからこそ、このまちを良くしたいと思います」
また、「創造舎」は2021年に「匠宿」という静岡市の体験工房の指定管理者に選定され、その周辺の丸子地区のまちづくりを手掛けています。
山梨さん「人宿町も丸子も、かつては東海道で繋がる宿場町。静岡らしい面白さを持つ両エリアを連携させて、発信していきたいと思っています」
急速な変化を遂げる人宿町の背景には、映画館撤退というまちの危機をきっかけに元商店街の持つポテンシャルと”仕掛け人となった「創造舎」との偶発的な出会いから生まれた、地域に根付いたまちづくりがありました。
そのまちづくりは、「創造舎」の手により、戦略的に面的な広がりを持って展開され、新たな人と人との関係性を紡ぎ、更なる広がりへと好循環を続けています。
元商店街を個性豊かな店主が集まるまちへ再生させた「人宿町人事情通りOMACHI創造計画」は、市街地周縁部のまちづくりに新たな可能性を感じさせてくれます。
